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秋田地方裁判所 昭和38年(ワ)34号 判決 1964年3月16日

原告 小林豊勝

右訴訟代理人弁護士 古沢斐

同 古沢彦造

右訴訟復代理人弁護士 渡辺隆

被告 松沢電気工事株式会社

右代表者代表取締役 松沢国三

被告 松沢次雄

右両名訴訟代理人弁護士 内藤庸男

主文

被告両名は各自原告に対し金五一三、八五二円及びこれに対する昭和三七年七月一日以降完済に至る迄年五分の割合による金員を支払え。

原告の被告両名に対するその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告両名の連帯負担とする。

この判決は、原告に於て金一五万円の担保を供するときは、原告勝訴の部分に限り仮に、執行することができる。

事実

≪省略≫

理由

一、被告会社の取締役である被告次雄が同会社の用務の帰途運転していた同人所有の自動車が原告主張の日時場所に於て原告に接触し、為に原告がその主張のような傷害を蒙つたことは当事者間に争がない。

≪証拠省略≫を綜合すると、本件事故発生の経緯は次の通りである。即ち本件事故現場は巾員一二、二メートルで中央に巾員二、四メートルの電車敷地を有し歩・車道の区別のない平坦な東西に亘るコンクリート舗装道路で夜間照明の乏しい場所であるが、被告次雄は夜間降雨の中で右道路の軌道南側を東方から時速約二五キロメートルで進行中、対面車とすれ違いの際前照灯をスモール灯に切替え、その侭約一五〇メートル進行を続けた時前方約七・四メートルの路上に佇立する原告を認めたが、同人の左側を通過できるものと判断して尚同一速度で進行したところ、自動車の右前部(前照灯附近)が原告に接触し原告を路上に転倒させ傷害を生ぜしめたものである。被告らは原告と自動車の進路との間隔は二、三メートルあつたと主張するが、被告次雄が原告を発見した位置と衝突地点との距離及び自動車の速度との関係、前記のように原告が自動車の先端部に接触したこと並びに後記甲第九号証、乙第二号証及び原告本人の供述から当時原告が西行の電車に乗車するつもりであつたと認められること等からして、原告の佇立していた位置は自動車の進路に更に接近していたものと推認される。しかも現場は平坦な直線道路であるのに、被告次雄は前方注視が不充分であつたか又はライト切替を放置していた(このことは被告が自認している)為に(被告次雄は雨中ではスモール灯の方が通常のライトよりも前方がよく見えると供述しているが、乙第一号証によれば、現場では雨中でもヘツドライトを照射すれば視界六〇度乃至七〇度内の前方四〇メートル位の見透しが効き軌道敷地を含め道路上の障害物を確認し得ることが明らかである)原告を発見したのは約七・四メートル手前という至近の距離であつたのであるから、単に警笛を使用するに止まらず、即座に減速、回避の措置を講じ事故を防止すべきであるのに、原告と自動車進路との間隔の判断を誤り、その動静にも注意を払わず漫然同一速度、方向に進行を継続した為遂に原告に接触するに至つたと判断されるので、本件事故発生が被告次雄の過失に因ることは明らかである。

他方、≪証拠省略≫によると、当時原告は現場東方から電車が接近していると思い、事故発生地点から家数にして三軒位東方の田中町停留所から乗車するつもりで軌道附近に佇立していたのであるが、実際の原告の位置は前記の通り右停留所よりも西寄りであることが認められ、又前示甲第一一号証及び被告本人の供述によれば当時附近に進行する電車はなかつた(もし電車が接近していたとすれば、本件事故発生により一時的にせよその運行が妨げられるし、電車乗務員や乗客等が事故を目撃した筈である)ことが推認されるのであつて、これらの事実に前示各書証及び供述並びに証人佐々木直士の証言を綜合すれば、本件事故当時強度の酩酊状態にあつた原告は電車が接近したものと錯覚し、停留所外の位置に立止り、被告次雄の自動車の接近に対し適切な避譲の動作ができなかつたことも又本件事故発生の一因を成すと判断される。

以上の通りであるから被告等両名は本件事故に因り原告に生じた損害につき賠償の責を免れないが、その数額については原告の右過失も後記の通り参酌すべきものである。

二、本件事故後、原告が入院加療費、診断の為の上京費及び湯治費用として金一四、三八〇円を支出したことは当事者間に争がなく右出費はいずれも本件事故発生により原告に生じた積極的損害であると判断される。次に原告が本件事故により右眼を失明したことは、原告の爾後の労働能力に影響すると考えられる。この点につき、原告の援用する労働基準局長通牒別表労働能力喪失表はもとより無限定的に適用できるものではないけれども、労働者災害補償制度の趣旨を勘案しつつ多数の症例を格付したものとして、特段の事情がない限りこれに依拠することが公平に適すると解される。同表によれば一眼失明の場合の労働能力喪失率は一〇〇分の四五であるが、被告次雄の供述するように原告が現に自転車、オートバイを乗用できるとしてもそのことだけでは原告の労働能力喪失率が右の程度に至らないとはいえないし、他に本件で右喪失率の適用を不合理とすべき事実はない。原告が訴外会社に日給傭工(検査係)として勤務し、本件事故直前の昭和三七年一月から四月迄の間に計四六、六八八円を支給されていたことは≪証拠省略≫により明らかであるから、原告は本件事故当時金一四二、〇〇九円(円未満切捨、以下同じ)の年収を期待し得たものである。前示甲第九号証、乙第二号証によれば原告の生年月日は昭和二年二月二二日であるところ、昭和三五年一二月厚生省統計調査部公表の第一〇回生命表による満三五年の男子の平均余命は三五、二七年であるから、原告は本件事故後なお少くとも三五年間は生存し稼働し得べきものと解される。よつて、原告は前記年収の三五年分の一〇〇分の四五に当る金二、二三六、六四一円に相当する利益を本件事故により失つたもので、これをホフマン式計算法により法定利率による三五年分の中間利息を控訴した額に換算すれば、金八一三、三二四円となる。

ところで前記一の如き本件事故の経緯に鑑みるときは、事故発生の責任は原告と被告次雄とが対等の割合で負担するものと解するのが相当である。よつて被告等は原告の前記積極的損害及び得べかりし利益の喪失額合計金八二七、七〇四円の半額に相当する金四一三、八五二円を賠償しなければならない。

三、尚、原告が右眼失明という身体障害を受けたことにより、精神的苦痛を蒙つていることは推察するに難くないが、前記事故発生についての当事者の責任の度合のほか、≪証拠省略≫により認められる、原告が結婚後二ヶ月で本件事故に遭つて蒙つた右身体障害も有力な一因となり七ヶ月間勤務した職場を解雇され、現在余儀なく家業の指物に従事している事実及び被告会社は資本金四〇万円、従業員一五、六名位の企業で被告次雄に月額三万円程度を支給している事実並びに、原告が被告等に対し将来の生活保障を求める旨申出た際(交通事故により右眼失明という障害を蒙つた被害者が加害者側にかかる補償を要求したい心情となるのは一応人情の自然であると思われる)、被告側は、被告会社代表者が直接の当事者被告次雄から事故の情況を詳かに聴取したりその他事故発生責任の所在につき充分な調査を試ることなく、単に原告の言辞が不快であるからとて直ちに問答無用的態度を以てする聊か穏当を欠く応対に出、為に原告の被害感情を一層刺戟した事情をも勘案すると、その慰藉料は金二〇万円と算定するのが相当である。

四、よつて原告の本訴請求は被告両名各自に対し右二、三の損害金及び慰藉料合計金六一三、八五二円から、原告が受領を自認する自動車損害賠償責任保険金一〇万円を控除した残額金五一三、八五二円及びこれに対する本件事故発生後の昭和三七年七月一日以降完済迄の法定利率による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条第一項但書を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用して、主文の通り判決する。

(裁判長裁判官 斎川貞造 裁判官 橘勝治 加藤隆一郎)

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